朝井リョウさんの“死にがいを求めて生きているの”を読んで感じたこと
一つ目の感想
“長かったーーーー”
小説は社会人になって初めて読んだけど,“何者”という映画を見て,朝井リョウさんに興味をもって本書を読んだ。
“小説ってただのお話でしょ”
と思っていた自分が
“すごくメッセージ性がある”
と感じさせられた。
テーマは“平成の時代”
“競争をなくしましょうね・一人ひとりの個性をいかしていきましょうね”
という社会にしたいのにも関わらず,なぜかなくならない競争
過度な競争を教育はどんどんしなくなってきている
だけどなくならない競争
競争全てが悪いとは思わないが,その中でめちゃくちゃ醜い競争がある
それは人と人との競争
誰かを敵と見立てて,心理的安心をはかる営み
対立構造を自ら作り,安全地帯をつくる営み
敵や味方はもはや誰でもよい
ただただ自分自身の少なからず正しいとは言い難い安心・安全のため
軽重はあるが遺伝子レベルで染み付いているのではと思うほどに敵作りに勤しむ
“なぜか?”
自分に自信がないから
生きる目的を誰も教えてくれず,自分自身の存在意義を自分で価値づけすることがものすごく難しいから
→結局は誰かを攻撃することにより生きていることを認識する
どうすれば良いのか?ナンバー①
→相手に興味をもたない“無の感情”
でもこれだとめちゃくちゃ寂しい
どうすれば良いか?ナンバー②
→相手に興味をもちつつも,お互いに認め合い,尊重し合う
今度はむずかしすぎる ※競争社会において嫉妬や憎悪がどこかに内在していると思う
どうすれば良いか?ナンバー③
→じゃあどんな時に尊重できて真の仲間意識をもてたか経験をもとに考えてみると・・・
自分自身が本気で面白さに浸っているとき
みんなで何かを成し遂げたとき
心から応援したいとき
心から信頼をおける仲間のとき
※まだまだ浅はかだからもっと考えなければいけないところ
孫悟空並みに純粋な心を持っていればすむ話
スーパーサイヤ人になりて
P.S
競争が全て悪いわけではない
資本主義社会そのものが競争だし,結果が全てみたいなところがあるから
だけど,会社とかって相手を陥れたいというよりもむしろ,
“社会をより良くしたい”とか,
“相手会社よりもより良いものを作りたい”とか・・・・
そういうのは良い競争だと思うんだよなあ
相手を見下すわけではなく,自分自信のレベルあっぷんためって感じ
だけど“争う”ってこの言葉がイマイチ
争→爽に変えれば?
競爽!!!!
爽やかに競うってなんか良い!!!