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【本の紹介】斎藤喜博『授業』から学んだこと【授業とは子どもとの創作活動である】

4連休,斎藤喜博先生の本を読みました。

斎藤喜博先生の『授業入門』『授業』『授業の展開』の3冊です。

斎藤喜博 授業 (人と教育双書)

斎藤喜博 授業 (人と教育双書)

  • 作者:斎藤 喜博
  • 発売日: 2006/12/01
  • メディア: 単行本
 
斎藤喜博 授業入門 (人と教育双書)

斎藤喜博 授業入門 (人と教育双書)

  • 作者:斎藤 喜博
  • 発売日: 2006/10/01
  • メディア: 単行本
 
斎藤喜博 授業の展開 (人と教育双書)

斎藤喜博 授業の展開 (人と教育双書)

  • 作者:斎藤 喜博
  • 発売日: 2006/12/01
  • メディア: 単行本
 
読んでみて感じたこと

最近は,授業や学習のパターンを子どもに教え,それで“子どもが自ら学ぶようになるのでそれでオッケー”という方法論の話がとても多いですが,この本は僕の中でそういったハウトゥレベルの話ではなく,もっとこうなんというか,授業をする上での教師側の在り方というか,授業とは“こういうものだ”という本質を教えてくれるものでした。

 1 授業は芸術作品

斎藤先生は,本の中で授業は芸術作品であり,本来は美しいものと述べています。

授業とは本来,子どもの中にあるものを教師が引き出して,それをつなげていく中でより子どもの中にあるものを引き出し,高次の次元に導いていくものである。このようにして高次の学びに自分たちの力でいくことにより子どもたちは学ぶ喜びを感じていく。

このような授業をすると,子どもは真理を追求する主体者になり,自分という人間を作りかえる力をもつ。

こういう授業は,見ていて一つの芸術作品のように美しい。

『授業入門』より一部引用 

 

僕自身も研究授業で先輩の先生の授業を見させていただき,“うわー,すげー!!”と感覚的に“美しさ”を感じる授業を何度も見たことがあります。

そういう授業って本当に教師と子どもが一体となって真理を追求しているんです。

なんだかよく分からないけど,見ているこちら側も授業に引き込まれていくんです。

こういう授業を自分もできるようになりたいと常に思っているところです。

 

こういう授業ができるための教師の力を“授業力”と呼ぶとします。

では,授業力とはどのようにして身につくのでしょうか?

2 授業力を身につけるために

①徹底的な子ども理解(感じ方・考え方)

一緒に授業をする目の前の子どもをどれだけ理解しているかは授業づくりには欠かせません。この子はこれを見たときに何を感じるだろうか,どんな発問をしたらこの子は考えたくなるだろうか,この子の思考法ってどんな感じなのか?論理的?感覚的?など細かく理解しておく必要があります。

また,授業は子ども一人と行うのではなくクラスの友達と行うものなので,子ども達どうしの関係性も知っておく必要があります。

子ども理解についてはこちらの記事を!!

↓↓↓

www.ikedisk.com

 ②教材研究【幅広い視点をもつ】

教師が扱う教材をより理解しているかどうかは,子どもの学びを高次に上げることに大きく関わっています。

具体的には後日,新たに記事にしたいと思います。

③ファシリテーション力【反応・切り返し力・問い返す】

教師にとってファシリテーション力はかなり重要なスキルです。

子どもがあれこれと考えを言うと,あちこちに考えが膨らんでいきます。子どもが考えを伝えることはとても良いことですが,それがあまりにも長い時間続くと子どもは“結局何を考えるの?”と迷ってきて前のめりに学習に取り組まなくなっていきます。

ここだという時を教師は感じ取り,“みんなが考えたいことってこういうこと?”と子どもに聞き,問いを焦点化していく必要があります。

こうすることで,学ぶ目的が明確になり,子どもは目的のために走り出します。

 

また,子どもの考えをもっと深掘りしたい時,「ちょっと待って。今のもう少し詳しく教えて」や「どうしてそう思ったの?」と1回ストップをかけ,その子の考えを聞きます。

このことにより,その子だけでなく周りの子どもにとってもより深く考えるきっかけになります。

 発問の記事についてはこちらを!!

↓↓↓

www.ikedisk.com

 

3 平板な授業をしているだけでは力はつかない【トライ&エラー】

平板な授業をしているだけでは子どもが学ぶ喜びを感じることはできないし,クラスの雰囲気としても生き生きとしなくなると斎藤先生は述べています。

 

平板な授業とは具体的には下の授業のことがそうと言えるのではないでしょうか。

①子どもにあたかも考えさせているようであって,実はゴールが決まっている授業

②学習するシステムを組んで,後は子どもたちがそのパターンに沿って勉強する授業

③教師がやることを明示して,子どもはその順序通りやるだけの授業

こういう授業は,授業者である教師はとてもラクです。

なぜなら教師が必ず正解をもっているし,教師の敷いたレールから子どもは外れないからです。

子どもは教師の敷いたレールに乗って進み,ゴールに辿りつけば良いので,こういう授業で真理を追求する主体者に育つとは到底思えません。

学びとは,決して一本道でたどり着くものではなく,もっと這い回って遠回りしてやっと生まれるものです。

科学者や哲学者だって,現在にまで伝わっていることをすぐに発見したわけではなく,後になって考えてみると遠回りなことをしたからこそ偉大な発見があったのです。

 

斎藤先生は,“こういう授業ならやらない方が子どものため”と述べています。なぜなら,こういう授業を重ねると,子どもは学ぶ喜びを得られず,学びから遠のいてしまう危険性があるからです。

おそろしい・・・

 

僕も,こういう授業をしてしまう時がとても多くあります。目指してはいるのですが,実力不足により,結果としてこうなってしまいます。

こういう授業をしてしまうから,各地で「パソコンで教え方のうまい先生から勉強した方が良い」というような話をする人が出てきてしまうわけですね・・・笑

 

教師である自分自身がラクな方に進むのではなく,もっと勉強をするという険しい道を進み,子どもが真の意味で“学ぶ喜び”を獲得できるような授業を目指していきたいものです。

 

そのためには,日々の授業で“挑戦あるのみ”です。

僕は授業は子どもとの勝負だと思っています。

僕のクラスでは,よく子どもが「今日の授業つまんない」と言います。

そんなとき,僕は

“ダメだったか。子どもを引き出すことができなかった。原因はなんだったんだろう”

と考えます。。

そして,この「つまんない」という言葉が原動力となり,

“次こそは子どもが「今日は頭使ったなあ。勉強楽しい」と感じるような授業をしたい”

と自分の心に火がつきます。

僕の授業づくりはその繰り返しです。

とにかく,“トライ&エラー”です。

その中で,上に書いた教師力が培われていくといいなあと思っています。

4 おわりに

とにかく斎藤先生の主張は厳しくも本当に教師が目指さなければいけないところだと感じたし,僕自身の実力不足を大きく感じました。

今後も精進していくのみです。

本当に果てしない・・・・笑

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

では。

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